[取材] 山本健介×すごろくや 丸田康司

2019年5月29日からジエン社は『ボードゲームと種の起源 拡張版』を上演いたします。本公演は昨年12月に上演した第十三回”基本公演”『ボードゲームと種の起源』を基本セットと定義した上で、基本セットのフィードバックや考察をふまえ、同設定・同モチーフの違うストーリーを新たに創作する企画です。それに際し、本ページでは基本公演の際にも行ったボードゲーム関係者へのインタビューを新たに行い、掲載いたします。第一回は、販売専門店を中心に、自社商品の制作、イベント開催など、ボードゲームを総合的に展開する『株式会社すごろくや』代表取締役である丸田康司さんを迎え、お話をお聞きしました。

山本:僕は今何を作ろうかと悩んでいる中で、ボードゲーム……小さな空間で行われているゲームを社会にしていくにはどうすればいいかということを考えています。今回は雑談をしていく流れの中でボードゲームを社会にしていく過程というのがお聞きできればなと思っております。よろしくお願いします。

 

○ ボードゲームとゲーム業界

丸田:よろしくお願いします。わたしの経歴などはご存知ですか?

山本:直接お話を聞く機会に、人生というものを聞いて見たいと思いまして、あえてほとんど事前に情報を仕入れたりすることなく来てしまいました。この世に『すごろくや』っていうボードゲームの販売店があるっていうのをゲームマーケットなどで見て知っているくらいの感じです。

丸田:なるほど。もともとテレビゲームを作っていたので…『MOTHER2』とか『風来のシレン』とか…知らないですかね?

山本:もちろん知ってますよ!『風来のシレン』とか、中毒性があってやりこみましたね。『MOTHER2』も糸井重里さんのインタビューを見たりやプレイしたりして思うのは、ゲームというかゲームの周辺に文学がある感じがしますよね。それがいわゆるアナログゲームに流れていったっていうのはどうしてですか?

丸田:もともとやっていて1991年……かな、近代のドイツ系のボードゲームの輸入、販売をしているお店が職場の近くにあったこともあって、職場の先輩たちと遊んでました。そのときの直属の上司が今の株式会社ポケモン社長の石原さんです。

山本:レジェンドクラスの人たちですね。

丸田:遊ぶだけではなく、先輩たちはすでに自分たちでも作っていました。そのときに作って発売したものが今はプレミアになっていたりもします。新幹線の車内でしか売らなかったゲームとか…『ハーベスト』っていうタイトルなんですが。

山本:(スマホで検索して)伝説の国産レアゲーって書いてある! レアすぎてオープン会に持っていくのも渋るレベルのゲーム。とも。

丸田:わたしたちはそういったものの流れでテレビゲームを作っていて、面白い最先端のエンターテイメントとしてやっているつもりでした。当時にもボードゲームを広めようとしたことはあったんですが、糸井さんが気に入って自身の番組でも使っていた『花まる作文ゲーム』とか……あれも今は高騰してるかもしれませんね。今でいう『キャットアンドチョコレート』とか『たった今考えたプロポーズの言葉を君に捧ぐよ。』に影響を与えていると思います。それらを、国内で展開しようとしていたことがありました。ただ当時は新しいカードゲームに興味を持たれる土壌はほとんどなかったので売れませんでした。

山本:そもそも売るための場所が難しかったんですね。

丸田:今でこそ、2007年頃の『ゴキブリポーカー』以後、そういうものを面白がる人がずいぶんと増えました。でも、その当時は、面白がる熱気とそれを伝える土壌が育っていないってことで、販売展開を途中で断念しちゃったんですね。96年くらいまでかな。……ただ、古く、ファミコン以前は、人気者がボードゲームになるという文化は元々あって

山本:そうですね。僕もすごい昔におもちゃ屋に旬のアニメのボードゲームが売られているのは覚えがあって、一番記憶として強く残っているのはミスターマリックのボードゲームとか。

丸田:ファミコン以前のゲームなので、そういう疑似体験の要素、キャラクターグッズとしての側面が強かったんでしょうね。ファミコン以後は人気者の展開はファミコンソフトに推移していくわけですが。で、それらのファミコン以前のボードゲームというのは、だいたいすごろくの延長がほとんどで、「ゲーム性の凄み」はあまり感じられなかった。そこで90年代後半にひっそりと輸入され始めた大人向けのドイツ系のボードゲームは衝撃的だったわけです。とはいえ、しばらくは知る人ぞ知る存在でした。そこで90年代の半ばに登場したのが『カタンの開拓者たち』です。

山本:丸田さんが大人のボードゲームに出会ったのはいつ頃でしょうか?

丸田:90年代前半、六本木に勤め始めた頃です。それまでに知っていたボードゲームとはまったく違うものだったので衝撃を受けましたね。太刀打ちができないというか。考えないとどうにもならないというか。

山本:ゲームが複雑というか、サイコロを振ればすむものではなく、考えないとどうにもならないことへの驚きでしょうか。中毒性がありますよね。戦略で次はこうしたいとかいろいろ考えたりしますし。

丸田:それが91年で、その後輸入販売店としてメビウスさん※1も増えて、ドイツのものが定期的に入ってきて……という形になりました。といっても、100〜200人くらいのファンが支えている小規模なものだったと思います。

※1 = メビウスゲームズ。1993年開店。主にドイツの輸入ボードゲームを扱うボードゲーム専門ショップ。


山本:
100人のうちの一人だったってことですね。その当時は会社のゲーム仲間がこぞって遊ぶという感じだったんでしょうか。

丸田:90年代半ば以降はチュンソフト※2 というテレビゲームの制作会社にいたんですけど、ゲームに対してすごく真摯に向き合っていて、テレビゲームを考える上でもドイツ系のボードゲームは外せない、という意識が高く、刺激を得ていました。業界内でも珍しい存在で、他の会社はこういったゲームをほとんど知らなかったと思います。そういえば、元カプコンの岡本吉起さん※3 が『カタン』を知ってとてもハマったっていうことがありました。「このゲームは最高だ!」って言って、カプコンで権利を買ってものすごくお金をかけて販売プロモーションを行ったんですよね。海の家でやろうとか(笑)。

※2 = チュンソフト。
※3 = 岡本吉起 氏。元カプコン専務取締役。株式会社ゲームリパブリック代表取締役社長。『モンスターストライク』開発など。


山本:
そんなことが(笑)。知られていくまでの歴史っていうのは知らなかったですね。

丸田:そのおかげで今の日本における「カタン」の認知度があると思います。カプコン版以前も原版を輸入する形態でメビウスさんなどが扱っていて少しずつ知られてはいましたけど、大々的にやったのがカプコンの岡本さん、ってことなんです。ただ岡本さんがそれだけやっても、それほどは売れなかったんです。ややこしいゲームが受け入れられる素地がなかったんだと思います。それは今もあまり変わらないと思いますが。

山本:そうですか? 今はもう下地みたいなものがすごくできていると思っていたんですが。

丸田:今でも、ボードゲームが認知されてきたといっても、みんながみんな『カタン』クラスのじっくりしたものを遊んでる層ではないじゃないですか。ほとんどみんなが遊んでいるのはさっき話に出たような『花まる作文ゲーム』とか『キャットアンドチョコレート』とか、容易に理解できて手軽に楽しめそうな「ワード系」ですよね。

山本:確かにそうかもしれません。

丸田:当時は、販売しているところがなく、デパートにもボードゲームなんていうコーナーもなく、おもちゃの扱いでどうにか売ろうとしていたのが2008年くらいまででしょうか。

山本:結構近いところまでその流れだったんですね。その中で丸田さんはどういった動きをしていたんですか?

丸田:15年間テレビゲームを作っていて、2005年に最後『ホームランド』っていうゲームを作って、その後チュンソフトを退職するとともにすごろくやの事業を始めることを考え始めました。

◯ パチンコ化する世界のなかで

山本:ゲームを作っている時期くらいから、ボードゲーム業界に行くことを考えていたんですか?

丸田:社内で大勢が辞めることになる時期があって、僕と同時期に辞めた人たちは他のゲーム会社に行く人が多かったのですが、自分としては、業界の今後のことを考えると、それを続けることに疑問を感じてしまったんですね。業界全体がパチンコ化していくのは間違いなかったので。

山本:そうですね。権利をもって、ガチャを引かせることに特化しているというか。スマートフォン以降の要はくじ引きゲームになっているものと、裾野を広げてボタンを押せば参加できるゲームが主になっている。

丸田:それをパチンコ化と呼んでいます。そういったものの流れが止まらないところまで来ていた。そこで、志あるゲーム制作の現場に行くか、自分にしかできないような新規事業に取り組むかという選択をして、たぶん他の人は思いつかないだろうと思って始めたのがすごろくやの事業です。解りやすい紹介をすることは得意でしたし技術的な面も問題なくこなせる、それに、自分ができる100点をやらずに誰かが似た50点くらいのことをしてしまうのが嫌で、

山本:誰かがやるよりは、ここで自分が出て行こうっていう姿勢がかっこいいですね。

丸田:おそらく、周囲の人たちにとって、すごろくやの立ち上げは、超マイナー商材の個人店の主としてひっそりと暮らすことが目的という風に見えていたと思いますが、僕としては、今後着実に広めている商品を手厚い接客で売る店を主軸に、そこから総合的な展開ができる、ゲームを作ることもできる、イベントもできる。それをせずに、土壌もないのに、いきなりゲームを作るのは順番が違う、電車があってもレールがなければ仕方がない、と思っていました。

山本:どこで売るのか、どう広めるのか、そう考えた時に実店舗を作り、そこから総合的な両立が可能である場を作ろうと思ったわけですね。その頃は、まだ、ゲームマーケットが浅草でやっていた頃ですよね。ジップロックに入れられたゲームが売られていたような。

丸田:そうですね。そんなわけで退職後は一度専門店に丁稚に入ったりしてお世話になり、いろいろと学んだ後に自分の店の準備を行い、2006年4月にお店を出して今に至ります。現ドロッセルマイヤーズの渡辺くん※4 が来たのは開店後一年〜二年目くらいかな。彼が感銘を受けてくれて自分も嬉しかったです。結果彼は、自身の独自性を模索した上で、作家的なところにフォーカスを当てたワークショップなどの活動を行って活躍しています。

山本:すごいサーガが繰り広げられていますね。退社とアナログゲームの事業を始めることが重なるのはドラマチックですね。

※4 = 渡辺範明 氏。ドロッセルマイヤーズ代表取締役社長。
参考:[対談]山本健介xドロッセルマイヤーズ渡辺範明

 

○ 「アナログ」が持つ曖昧さ

丸田:ときどきそういったことを言われますけど、自分としては「ゲーム」を主軸にしているので差はそれほどないんですよ。それと、「アナログゲーム」という表現を使わないようにしています。社内のガイドラインでも自発的には使わないように指示しているくらいです。言葉の意味を正しく使ってほしいんですよね。数値など段階的に表現/取り扱えるものがデジタル、無段階のなめらかな「量」で表現/取り扱うものがアナログです。「人力」「ローテク」などという意味は日本人が忖度して付けたものです。さて、本来の意味で、マリオのジャンプはデジタルなのかアナログなのか。

山本:ドットで考えればデジタルですけど、見た目体感的にはほぼアナログ…ですよね。

丸田:人間の認知の話ですからね。認知においてはマリオはアナログ要素が多いですよ。スクロールもそうですよね。

山本:明らかに滑らかに動いている。

丸田:一方でマリオのブロックの配置やステージ構成などはデジタルです。回路のような電子機器を「デジタル」だと思っている方も多いですよね。でも、ほとんどの電子機器はデジタルとアナログ回路が共存しています。では、将棋はどうでしょう。空間的にも、時間的にもデジタルですよね。ぜんぜん「アナログ」じゃない。

山本:一回ごとターン制で、マス目があり、なめらかに動かない。たしかに。ネットの中継とかで、考量時間の何もない時間が流れる間みたいなのはアナログっぽいですけど。

丸田:時代錯誤の「アナクロ(ニズム)」とデジタル時計とアナログ時計との表面的な違いの混同で、「アナログとは人力やローテクのことだ」という勘違いが定着してしまいました。ですが、デジタルはコンピュータでアナログはローテクという、対義語にすらなっていない雰囲気語で捉えてしまうと、何がどういう特徴や本質を持っているかの分析になりません。なんとなくアナログで木の温もりで…みたいなことでは本質が見えてこない。

山本:フワッとした感じになってしまうとその良ささえ説明できないということですね。

丸田:雰囲気語の他の例として、ボードゲームの特徴はコミュニケーションゲームと言われることがありますけど、僕は全然そう思いません。テレビゲームもコミュニケーションゲームなので。オンラインゲームのことではなく、通信機能がなかった頃の『ドラクエ』や『ドルアーガの塔』だってコミュニケーションゲームですよ。

山本:クラスの友達とかと協力して情報を集めないとクリアできませんでしたよね。

丸田:ソーシャルな力でクリアするゲームですからね、あれは。で、そうであるならば、コミュニケーションの機能を持つのはボードゲームだけの特徴ではありません。僕は、雰囲気や思い込みではない本質の分析と理解によって新しいものを作っていきたいんです。

山本:新しいものを作りだすために不正確な表現をやめよう。っていうのはすごくいいですね。

丸田:日本国内のボードゲーム界隈にもそういう言葉が結構多くて、例えば「アブストラクトゲーム」っていう呼び方があります。

山本:ええと……抽象的な、将棋みたいなっていうニュアンスの。主に一対一でやるような、抽象的で物語が薄くてキューブが黒くて……みたいなやつ。(笑)

丸田:それはだいぶ正しい理解ですよね。抽象的という意味の英語でアブストラクトを捉えていれば「テーマ性や具象化された要素が薄いゲーム」になると思います。ところが国内のボードゲームファンは「アブストラクトゲーム」を運要素のない理詰めのゲームとして使っていることがほとんどです。

山本:確かにそういうイメージはありますね。

丸田:既存のテーマ性が薄い「カタブツ」ゲームのほとんどが理詰めゲームだったことと、「アブストラクトストラテジーゲーム」という、戦術面での抽象化、つまり攻略上の曖昧さが排除できるゲームの呼称と混同された結果だと思います。アブストラクトゲームはテーマが抽象化されていることの尺度であるので、理詰めのこととして話されると話がずれるんですよ。一方で、テーマ性が薄いゲームの呼称は?というと「それもアブストラクトだ。」と言われたりして。区別になってないでしょうと。

山本:ボードゲーム好きには、そういった独自の呼称の決まりが山ほどある印象です。

丸田:先人がそう呼んでいるから呼ばなければならないみたいなことはありますよね。

山本:去年の春に取材を始めた頃、システム用語をたくさん言うとマニア感出ますよって言われたことがあります。「拡大再生産」って単語の諸々を聞いてぽかーんとしていると、それじゃまだまだだねって言われちゃうよって(笑)

丸田:それはわかりやすく面白さを広げていこうということの真逆ですよね。「説明」を「インスト」とか。「暗号」によって結束した「すごいおれたち」の仲間感を楽しむのは何もボードゲームに限った話ではないです。

 

○ クリエイティブを引き出すゲーム

山本:取材を始めたばかりでまだ詳しくなくってゲーム会に参加したとき、ものすごく色々教えてくれる人がいるんですが、複雑なことをたくさん言われた経験があって……。

丸田:教えてあげるのもその人にとってエンターテインメントだということでしょう。こんな風に教えてあげる、ってけっこう楽しいんですよね。もちろん誰かのために何かをしてあげるという意義もあるし、自分の中で考えを整理しながら伝える楽しみもある。ちょっと話は変わりますが、ゲームの本質って、自分の中で創造性…クリエイティブを発揮させるのがゲーム性だし、そのクリエイティブを発揮させてくれるのが「面白い」ってことなんです。

山本:全員に備わっているクリエイティブなものを引き出す!

丸田:よく勘違いされてしまうんですが、そこで言うクリエイティブというのは世の中における新発明をするということではなく、その人の中の新発明のことなんです。たとえ他の人がとっくに気づいていることでも、自分の中で新しく考えついたものはその人にとっての新発明です。ゲームの面白みは、こうしたらうまくいくんじゃないか…という自分の中の発明と、それが結果につながることです。けれど、同じことを繰り返していると、もう発明ではなく作業になっていきますよね。

山本:僕がこの歳になってRPGをやっていると、もう攻略サイトとつきっきりでやってしまうのと似たところがあるなと思いますね。ゲームを解くみたいな作業になる。小学校三年の頃に『ドラクエ』をやっているのとは違って、最適解を知っておいてそれを追体験して、あぁこういうことかと思う……。

丸田:それはもうゲーム的な面白さではないわけですよね。自分で発明してないわけで。あと、人によってゲームの面白さは違います。年齢や経験度合いにもよるし、知識や素地にもよります。千差万別色々ですから、自分は解ることが、目の前の人は解ってないらしい、ということも当然あるわけです。それが「教えてあげる」欲につながります。

山本:正体隠匿系のゲームをやっているときに、すごく合理で進めたいがために発言にダメ出しする人いますよね。

丸田:おそらくその人は、みなさんも勝つことが目的でしょう?勝つための情報なら何でも欲しいでしょう?って思っている人かもしれません。そうなると、先ほどのクリエイティブの価値とは完全にずれてくる。「そこは右に動くといいよ」って言われたくないじゃないですか。自分で考えて右が良さそうだと判断して、それが結果につながるのが面白いのに!

山本:なるほど、その人は他者のクリエイティビティに価値を持っていないわけですね。これは確かに、クリエイティブを引き出すっていうこの一言は、今作ろうとしている作品にとって良い発見があった気がします。

丸田:AIについての話も似たものがあって、人間がAIに負けるのを今でも嫌う人たちがいますけど、AIというのは集合知なんですから勝てるわけないじゃないですか。例えればボルトや自動車に走る速度で敵うわけがないですよ。じゃあなんでそれでも走る、なんでそれでもゲームをやろうとするんだ、という問いに対しては、自分の中の成長や発明が重要だからと言いたいです。

山本:自分はゲームの何が楽しかったかを考えると、これはこうすれば……というルートを考えたり、帰る道すがら今度はこういうことをやってみようと考える……たとえ次がなかったとしても。良いゲームほどゲームから離れたときにそういうことを思える。それがクリエイティビティが発揮されているってことなのかもしれないですね。

丸田:はい。勘違いされたくないのは、勝ち負けやゴール、目的があることはとても重要です。そういう目的がないと目指す方向性が見出せないので、クリエイティビティを発揮しようがないんです。問題がないと燃えないんですよ、人間は。勝敗決めこそがゲームの主目的だ、と捉えられている感覚はいまだに根強いんですが。

山本:目的が制定されているからそれに対しどうするかを考えられる。では、優れたゲームの一つの基準は、明確な目的によってクリエイティブを幅広くいろいろな人から引き出せること。

丸田:そうですね。どういった人からクリエイティブを引き出せるか、の幅広さを作る側がわかっていることは重要で、あらゆる人からクリエイティブを引き出せるものほど万人受けするゲームだということになります。だから、逆にいうと、どんな人にでも絶対に面白いゲームなんてないんですね。

山本:それはクリエイティブの感覚に個人差があるからですか。

丸田:そうです。逆に、誰にとってもつまらないゲームというのも存在しない。誰かがクリエイティブを刺激される可能性を否定するべきではありません。それを面白がれる人の機会を潰すことになってしまうので。

 

○ その文脈を広げるために

山本:その本質的な話を聞けたのはとても僥倖でした。では、これを広めようとする観点で、何を試したか何に気をつけたかということをお聞きしたいです。

丸田:ゲーム性の魅力に溢れた「まだ見ぬ」分野があるのに、それを知らないのは文化的にもったいないと思って、すごろくやとして活動を始めたのが2005年です。今はだいぶテレビゲーム業界にもこういったボードゲームが広まったかなって思いますけど。

山本:ボードゲームも最近は一般化といいますか認知が広がったかなと思いますね。

丸田:昔に比べれば認知は広がりましたよね。ただ、日本全国で一般的というにはほど通いと思っています。今はワード系ゲームが中心になって都市部の若者に広がっている状態だと認識しています。まだまだ、いろいろな頭を使わせてくれて感心するような、こんな仕組みやあんな仕組みがあるという多様性と深みが広く楽しまれているレベルには達していません。また、遊んでいる若者たちも、ものすごくたくさんの「遺産」があるにも拘らず、偏ったものを遊んでいる印象もあります。もっと色々やってみてほしいな……と。例えて言うなら、テレビゲームというと「キャラクターを動かして話を進めるもの」と思っている人に、『マインクラフト』もやってみて!と勧める感覚でしょうかね。

山本:一般的とまでは達していないのはどうしてなのでしょうか。僕も単純にボードゲームが楽しいなと思っていて、作品を作る目的もあるんですが、取材も兼ねてゲーム会に行ってプレイしながら、なんでこんなに面白いのにやってくれる人が少ないんだろうと思って。人に会うことがハードルの高さでもあるとは思うのですが。

丸田:端的に言うと、知的欲求とそれを楽しむスキル、そして場所と時間がないということに尽きると思います。生活に余裕がないと言い換えても良いかもしれません。

山本:僕も本業はお芝居なのでそれはとても感じます。お芝居は、お客さんにわざわざ劇場に来てもらって、特定の時間しかやらないってなんなんだ、役者のほうもその瞬間瞬間に集めて一ヶ月稽古をするという効率の悪さはなんなんだ、と感じていて、その辺りの共通点もあるなと思いました。僕はお芝居を面白いと思って人を集めて上演を行っているので、ボードゲームも、人が集まりさえすれば、知らない人同士でもこんなに楽しめるのにって思うんですね。時間とか場所とか、みんなが忙しいっていうことを超えて、人が集まるだけの理由がそこにあるというか。

丸田:それが面白いって感じているからですね。今はまだ本当に好きな人だけが集まっている。そこまでじゃない人も一緒に混ざって遊ぶことは少ないし、ボードゲームだけをたくさんやるぞ!という本気の会や場所がほとんどだから、本気じゃない人が混ざることはやっぱり少ないわけです。もっと気軽に、ボードゲームを生活の中の一部として遊べるようになることこそが一般化だろうと思います。そうなるための基本的な素地が日本という国は低いと思いますね。先進国の中でも低いと思います。

山本:そうなんですか? 諸外国の事情は詳しくないのですが……。

丸田:先進国のほとんどでこういったボードゲームの各国版が出ていますが、各国で「ファミリーゲーム」と呼ばれる基準にあるゲームが、日本では到底家族で遊べないだろうな…と思うことが多々あります。

山本:家族でやろうって言って持ち込んでも一緒に遊べないんですか……。

丸田:遊べる家庭ももちろんありますよ。知的好奇心の共有ができているご家庭は大丈夫です。でも、日本全国の多くの家庭が遊べる、は相当きついと思います。例えば『カルカソンヌ』ってやったことありますか?

すごろくやも取り扱うカルカソンヌ。日本語版販売は話に挙がったメビウスゲームズ↑

山本:あります。あのゲームは見た目にも美しいですよね。終わった後に一つの土地ができる美しさとかいいですよね。

丸田:相談するなどの面白みもありますよね。ゲーム好きからすると比較的簡単な基準にあるゲームなんですが、あれを日本全国の各家庭が買っていって説明書を家族全員で共有し、その面白さを体験しようというレベルには達していないと感じています。草原抜きルールならまだ何とか。家族で新しいゲームルールを読んで共有するためのワークショップも行っていまして、そういったものを通じて、これは大変なことなんだなと痛感しています。

 

○ 考えることの困難

山本:確かに僕も難しいだろうなと思ってしまっています。原因ってなんでしょうか。

丸田:それは教育の問題もあるし、日本はあまり自分で考えるという文化になっていないぞっていうのが僕が抱えるテーマでもあります。

山本:パターン認識でみんなの空気を読んで怒られないようにっていう…。僕の経験の中で思い当たることがあります。TRPG※5 の『シノビガミ』っていう簡単なシステムのものをやって、だいたい「探る」か「戦う」か、くらいの、割と少ない選択肢の中から選ぶと物語が進行するっていうくらいのシステムなんですが、同卓した人の中で、「どうすればいいの?」っていつまでも一つの選択肢さえ選ぶことができなくて……。

※5 = TRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)。ペンやサイコロなどの道具を用い、ルールに従い会話で物語を進行させていくロールプレイングゲーム。

丸田:その方と気持ちとしては、周りの迷惑になってはいけないっていうような意識や、考えることに対する自信が持てていないっていうことですよね。そういう意識を根付かせてしまった文化があるんだと思います。

山本:詳しく聞きたいですね。それについて。

丸田:親が根拠をもってものごとを説明できずに「そういうものだ」を重ねた結果、子どもも根拠をもって考えることをしなくなってしまう、という繰り返しが起こっているんだと思います。

山本:なんでこうしなきゃいけないのかっていう疑問に、そういうもんなんだよ。って言われるあれですか。中学・高校生は化粧しちゃいけないのに、大学生になると化粧をしなければいけない。どうして? そういうものだからだよっていう感じですかね。

丸田:根拠をベースにしてきていないのでディスカッションができないんです。先程の家族で新しいゲームルールを読んで共有するワークショップでも、理解に詰まったときに、それまでに把握した情報を根拠にしたディスカッションにならないので、「鶴の一声」がないと途方に暮れてしまう。

山本:いつだったか、ゲームに慣れた人が詰まったときに解決した例として印象的だったのが、カナイセイジさん※6 と一緒に海外のゲームをやったときなんですけど、日本語の翻訳がおかしいかもとマニュアルの原書を参照して、ルールの根拠の解釈をしたうえで判定して進行してくれたんですね。あれも根拠をベースにした思考なんだと思いました。

※6 = カナイセイジ 氏。ボードゲームデザイナー。アナログゲーム製作サークル カナイ製作所 代表。代表作に『ラブレター』など。

丸田:そうですね。その例だと、原書があったから何とかなったわけですが、一方で、もしそうしたものが何もなかったり、読めなかったら? 全員の相談で、全員が納得する解を作ってしまえばいいと思います。この「全員が納得するならば本来とルールが違っていていい」ということがときどき理解されていないことがあります。ルール絶対主義というか。変えていいんですよ、根拠をもって全員が納得したなら。にも拘らず「ルールは絶対従うべき」というのは、根付いた「そういうものだ」の影響だろうと思います。

山本:そうですね。「していい」と書いてないからダメなんじゃないか。ルールにあるから守らなきゃいけないんじゃないかっていう。

丸田:なんのために集まってゲームしてるのかといえばみんなで楽しくやるためでしょう。そしてゲームは自己クリエイティビティを発揮するのが面白いわけですから、みんなでそれができる仕組みに納得できるのであれば、問題にならないことは「していい」わけですよね。たとえそれが原書とは違っていたとしても。

山本:なんのためにコンピュータ機器に審判を委ねていないかっていうと、そういうディスカッションができるからですね。生身の人間が同じ時間と同じ場所を共有しているからこそ、ルール解釈で話し合いができる。

丸田:ボードゲーム独自の本質はその「全員で支える小さな社会」なんですよ。ルールは誰かを縛るためにあるのではなく、各自がうまく活躍するための交通整理のためにあり、全員でそのルールを守ることで、楽しくて小さな短時間の世界を支え合う。これがボードゲーム最大の特徴なんです。テレビゲームとの決定的な違いはそこで、そういったゲームには絶対的な審判がいる。

山本:覆らない。バグがあっても従わざるを得ない。

丸田:一方で、ボードゲームは非常に脆いんです。1人でもズルをすれば簡単に壊れてしまう世界です。でも、なぜ誰もしないのかといえば、支え合って世界を成り立たせたほうが幸せポイントが高いからです。一方で、世界を成り立たせることの意義が解らず、目の前のことを重要視して「支え合い」を壊してしまいそうになるのが子供です。

 

○ 生み出す上で大事なこと

山本:ボードゲーム作家を登場人物にした脚本を作るために12月の公演で実際に作ってみたんですが、本当にいろんな問題がでてくるんですよね。詰まってしまったりして。それに実際公演終了後に作ったゲームを試遊してみる機会を設けたんですけど、参加者にボードゲームに精通した方が多くて、追加ルールの提案をされたりして、実際にプレイすると少し面白くなった一方で少し難しくなった分敷居が高くなったりもしてしまって…。

丸田:ありがちな話ですね。

山本:あとは「これは〇〇のあれだね、何々のパロディだね(笑)いや被ってんのゲームシステムが、バランスも悪いし」っていうご意見を頂いたり(笑)

丸田:全世界的な新発明を求めている人の発想ですよね。でも、実際は違いますよね。市場に向けて新規性で勝負しようとしているわけでもなく、その人が作ったんですから。その人があれこれ考えて工夫して、面白がって作ったところに価値があるはずです。

山本:今回の話を聞くと、その作ったゲームにもあらためて手を加えたくなりました。

丸田:初心に帰ったほうがいいと思いますよ。誰のために作りたいと思っていましたか、その対象がずれていませんか、バランスが壊れていたとしてそれがどう問題なんですか、っていうようなことをもう一度考えてみるのが大切だと。

山本:今回ぼくたちは実際にゲームマーケットに参加して売るところまでやってみようっていうことで、応募しながら箱を作って説明書を作ったりしようってやる中でアドバイスとかを聞きたいです。

丸田:難しいこともあるかもしれないですが、そういうこと考えるのって楽しくないですか?

山本:めちゃくちゃ楽しいです。お金のことを除けば。

丸田:そういうのも面白いですよね。ないお金なりになんとかしようっていうそれはお店をオープンする感じと似ていますね。

山本:そう考えると劇団運営とも似ていると思いますね。稽古場がテストプレイで、脚本はルール。稽古のためにある程度それは作ってこいよっていう前提がある。作品をパッケージとして捉えるとボードゲームも演劇も似ているかもしれませんね。…お金の問題もあるし。

 

○ 家族が再び集まるために

山本:長々とすいません。そろそろ最後の質問にさせていただきたいのですが、定番なものですが今後どうしていきたいとかをお聞きしたいです。ボードゲーム作家や劇作家、小説家もクリエイティブを引き出すようなものを作っていくものだとして、その鍵は曖昧さにどう向かっていくかってことになっていくんですかね。

丸田:曖昧だと認識しているものに本質や機能性を見出すことじゃないでしょうか。人間なので、曖昧さも重要ですよね。今後というか、ずっと当初から同じで、ボードゲームの多角的な機能性を活かせるように、もっと日本全国で一般的に遊ばれるような試みをしていきたいです。ワークショップ「ボードゲームつくろう教室」も大人版をもっと広く展開していきたいですし、近隣の家庭がコミュニティを通して一緒に遊べるようにする展開も考えています。

山本:すごいですね。ボードゲームを広めるっていうことはまずコミュニティってものがもっと人が集まれるようにしないといけない。人が集まれる状況を作るためにボードゲームがある。大きな問題になってきますね。

丸田:ボードゲーム遊びが一般的な生活の一部になればいいと思っています。ぜんぜん詳しくならなくていいです。2〜3ヶ月に一度買いにきたときに、今おすすめのいくつかから選んで、自宅で家族や友達と遊ぶようなサイクルが理想です。映画を見たりとか、演劇見たりとか、そういった文化の一つとしてあってくれればいいなと思います。年齢差や性別差を越えてみんなが満足できる希有なエンターテインメントツールですから、もっともっといろんなシーンで活用されることを期待しています。

山本:今日はいい話を聞けました。ありがとうございます。特に最後に聞いた「家族でさえも集まれない」というところをどうにかすることで、ボードゲームがもっと広がるんじゃないかという考えが、僕の作品の中にあった家族とボードゲームの関係性を発展させることになりそうで楽しみです。ありがとうございました。

(構成・文=佃 直哉、写真=児玉健吾)

 

丸田康司(すごろくや 代表)
『MOTHER2』『風来のシレン』『ホームランド』など、15年間のテレビゲーム制作を経て、2006年、東京・高円寺にボードゲーム専門店「すごろくや」を開く。オリジナルゲームの制作も手がけている。

<ボードゲーム専門店「すごろくや」>

今回、山本健介が訪れた「すごろくや」は、高円寺にある海外製を中心とした近代のボードゲーム・ カードゲームを、見て・さわって買える、国内最大級の専門店です。店員さんが丁寧にゲームについて教えてくれます。ぜひ足をお運びください。

公式HP:https://sugorokuya.jp/
店舗住所:東京都杉並区高円寺北2-3-8-2F(JR高円寺駅北口より徒歩1分)

 

<丸田康司さん、アフタートーク参加決定!>

本対談にてお話をお伺いした丸田康司さんに、劇後解説(アフタートーク)に参加いただくことになりました。作・演出の山本とともに、ボードゲームと演劇について、そしてボードゲームと社会について、お伺いする予定です。

丸田康司さんのアフタトークの回は5月30日(木)19:30の回になります。
チケットのご予約はこちらからどうぞ