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代表の書き潰し

正しさの限界

「正しさ」は、本当に正しいのか?

かつて哲学は「正しさとは何か」を問うた。プラトンもカントもロールズも、その問いに人生を賭けた。しかしもう皆が気づいている。正しさそのものが、しばしば暴力を正当化する燃料になっている。
にもかかわらず現代社会はあらゆる場所で「正しさ」を求めている。
正しい政治、正しい教育、正しい生き方。
その正しさが誰のもので、何を根拠にしているかは、しばしば曖昧なまま放置される。
そして、正しさの名のもとに行われる排除、断罪、暴力は、いとも簡単に正義の仮面を被って現れる。

アンパンマンはなぜ問答無用なのか?

アンパンマンは、子どもたちの初期倫理を形成する物語装置だ。
善と悪。正義と悪事。助ける者と暴れる者。非常に分かりやすい世界が提示される。

飢えた者に顔を与え、悪者には拳を与える。
だが、そこには問いがない。
「なぜ君はそんなことをするのか?」
「どうすれば一緒に生きていけるのか?」
対話の気配すらない。

・バイキンマンが悪いことをする
・アンパンマンが発見してパンチを繰り出す
・めでたしめでたし

バイキンマンが果たして悪なのか?を検証する余地のなさが子供の頃からずっと懸念点だった。
彼の行動は、構造的な空腹や孤独、拒絶から生まれるものだったり、生存戦略である可能性はないだろうか?
バイキンマンの暴走に対してアンパンマンが制裁を加えるのは毎回ほぼ「反射」のレベルの早さだ。
この正義は実は非常に脆く「成敗=秩序維持」というルールが制度化されており、思考を停止させているからだ。バイキンマンの改心の余地はない。救済も交渉もない。
アンパンマンの拳は「秩序維持装置」としての暴力であり、この世界では、「正しい者」が「悪しき者」に一方的に暴力を振るってよいという構図が確立している。それはまさに「対話なき正義」の縮図である。

蛮行は「理由なき暴力」とされる。「正義のため」として行われる行為が、もし問答無用で他者を打ち倒すものであるなら、それは蛮行と区別がつかない。振りかざす正義には常に検証がともなう必要がある。

正しさは、人を不自由にする

正しさは人に安心を与える反面、以下のような副作用をもたらす。

世界の分断:「善か悪か」「味方か敵か」
異質な存在への拒絶:多様性よりも統一性を求める
勝者の論理の内面化:「勝てば正義」で終わる物語

こうした価値観はやがて、正義という名の排除機構と自己正当化を生む。
「何が正しいか」を問うために哲学があった。だが、21世紀を迎えた今、その問いそのものが変質しつつある。なぜなら、正しさそのものが疑われ始めたからだ。
鑑みれば戦争の多くが正しさどうしの衝突であり、正しさを理由に排除される人たちは古今東西いくらでも事例がある。
ナチスがユダヤ人を迫害したのは、多くがそれを正しさだと認識したからだ。ルワンダのかつての政権は、害虫駆除と言って国民にナタを配布し特定の層の虐殺を推進した。ナタを持った国民はそれを正しさだと解釈し隣人を殺した。

今一度、いや何度となく立ち止まる必要がある。
「正しさ」は、本当に正しいのか?

たのしさは、排除しない

たのしさには、境界がない。言語や文化、宗教や性別を越えて伝播する。
正しさがルールに縛られるのに対して、たのしさはルールさえ拡張する力を持つ。

信仰もまた、たのしさから始まる。人は「神が正しいから」信仰をもつわけじゃないのではと思う。信仰は、世界がたのしくなるからこそ信じられるのだ。
見えないものに意味を見出す、偶然に物語を与える、儀式や祭りに身体を委ねる。
それはすべて、生きることをたのしくする技術である。

正しさがつくる秩序は否定しない。
しかし、その秩序がたのしくないものだったら維持する価値なんかあるのかね?

たとえばこんな物語

バイキンマンが腐ったバナナから再生食糧を開発する。
ジャムおじさんのパン工場が正式採用しようとする。しかし周囲が反発。「バイキン製の食べ物なんて」と言い出す。ここでアンパンマンが「これは正義ではない」と立ち止まる。
対話が生まれ、偏見と格差が可視化される。

……なんじゃこりゃ笑
エンタメとして面白くするには技量がいるな。

先日の選挙では、いろんな議論が国民のあいだで巻き起こった。
税制や景気、安全保障や教育──みんなそれぞれの立場で言いたいことがあって、にぎやかだった。
でも、そんなにめくじら立てて話すようなもんでもない。
増税か減税かはもちろん大事な話だけど、まずは一回、緑茶淹れて一緒にフィナンシェ食おうやー?
議論はそこからだろ?

正義と悪で線を引くのは、脳の処理コストが安い。共生の物語は違う。脳も心も処理コストが高い。
相手の背景を想像したり、自分の考えを一回疑ってみたり、面倒なことばっかりだ。
でもそれはつまり、やる価値のある作業だ。

今日子どもが1歳になった。ずっと笑ってる。
泣いてる最中でも高く持ち上げたら、泣きながら笑う。何が正しいかを争うより、何が楽しいかで笑い合うほうが、全然価値がある気がする。ずっとキレ続けてる高学歴の政治評論家より、お前のほうが世界を拡げてる。

無茶振りこそ燃える。

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