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代表の書き潰し

国家間秩序のナッシュ均衡

世界は、秩序を求めながら混沌をはらんでいる。戦争と平和のあいだを揺れ動き、経済と環境、自由と安全、信頼と裏切りの狭間で国家というプレイヤーたちが戦略を練る。

その構造をゲーム理論で見つめてみると「ナッシュ均衡」の構造が浮かび上がる。

ゲーム理論と国家の思惑

ゲーム理論とは、複数の主体が互いの行動を読み合い、最適な戦略を探る思考法。

国家をプレイヤーと見なし、それぞれが自国の利益最大化を狙って戦略を選び続けるとき、他国の戦略を前提に「これ以上得にならないから動かない」という状態を「ナッシュ均衡」という。この均衡は「これ以上悪くしないために動かない」という凍った安定であることが多く、理想的な状態とは限らない。

核抑止──最悪を避ける最悪な均衡

最も象徴的な例は「核抑止」。
核兵器を保有する国同士が、互いに「撃てば撃ち返され共倒れになる」と知っているため、核攻撃を思いとどまる。
これはナッシュ均衡であり、国家間の関係を一定の緊張状態で保つ。皮肉なのは、破滅の力が均衡を成立させていることだ。人類の安全は理性や倫理ではなく恐怖で支えられている。

気候変動ー囚人のジレンマ

地球環境の危機に対しても、国家は戦略的に非協力を選びがちだ。
どの国も「他国が削減努力をするなら自国は経済を優先したい」と考える。
結果、誰も積極的に動かず全員が悪化の未来を共有する。
ゲーム理論的には「囚人のジレンマ」とよばれる。
協力したほうが全員得をするとわかっていても、不信と先送りが勝ってしまう。

グローバルサウスと開発支援──鹿狩りゲーム

鹿狩りゲームモデルのナッシュ均衡も国家間には存在する。
大きな獲物(開発・平和・共栄)を得るには協力が必要だが、誰かが裏切ると全員が損をする。だから、確実に得られる小さな獲物(自国優先の政策や利権)に走るプレイヤーが増える。

グローバルサウスへの開発支援などは、本来なら、全員が協力し貧困や教育格差を是正することで、世界経済の新たな市場や安定的な外交関係が築ける。
しかし「他国がやるならうちは控える」「支援しても無駄になるかも」という不信がつきまとう。
その結果「誰も本気で動かない」というナッシュ均衡に陥る。
可能性を信じるにはコストがかかりすぎる。これは鹿狩りゲーム型の不完全な均衡と言える。

経済戦争──関税と制裁のチキンゲーム

貿易摩擦や経済制裁の応酬は国家間のチキンゲームに近い。
どこまで関税を上げ、どこまで報復するかの駆け引きのなかで落としどころとして均衡が成立するが、それは互いに損しないギリギリであるだけで、誰も満足していない。
経済戦争の均衡とは、全面戦争にならないだけマシな状態に着地し、ここにもまたベストではないが壊すと地獄という、微妙なバランスが潜んでいる。

ナッシュ均衡を壊しにいくプレイヤー

国家間秩序のナッシュ均衡はわざと壊しにいくプレイヤーたちが存在する。
彼らは次のゲームの主導権を得ようとする戦略家だ。

① 秩序再設計型

例:ロシア、中国、イラン、アメリカ

現行秩序において自国の利益が抑圧されていると感じる国々は「今の均衡を壊せばもっと良い位置に立てる」と考える。
不安定化こそが戦略的チャンスになることを理解している。
ロシアのウクライナ侵攻、中国の一帯一路戦略、アメリカのパリ協定離脱・WTO軽視・NATOへの不信表明など、彼らは「既存の秩序を守ることは損」と計算して動く。
ナッシュ均衡の価値が見合わないと判断して、別ゲームへ持ち込む賭けに出たと言い換えることができる。

② イデオロギー超越型

例:イスラム国、北朝鮮、アルカイダ、革命的過激派

ゲームそのものを否定し、資本主義、民主主義、自由貿易──こうした価値体系を無効化しようとする。ナッシュ均衡に入る気がなく、協調も合理性も不要で混乱をつくること自体が目的だったりする。
その恐ろしさは、彼らがルールの中にいないことにあり、均衡の外側から爆発的にゆらぎを与える存在となる。

③ 機会主義的破壊者型

ナッシュ均衡の揺れを、自国の利益や支持率に転化する戦術的なプレイヤーもいる。彼らは混乱が国内政治の燃料になると見抜いている。

・ボリス・ジョンソン(イギリス)は、EUという均衡をBrexitによって揺るがし国民の不満とナショナリズムを支持率に変換した。
・ナレンドラ・モディ(インド)はヒンドゥー至上主義的政策によって社会的分断を戦略化し熱狂的支持を確保。
・ジャイール・ボルソナロ(ブラジル)は、気候危機やコロナ政策といった国際合意を軽視しアマゾン開発を経済成長と政治パフォーマンスに利用。

彼らはいずれも、秩序の破壊というより、自国で勝つための最適戦略として均衡の外に手を伸ばした。ナッシュ均衡を「壊す」ではなく「乱す」、現代的な破壊者像である。

壊すか保つか

国家間のナッシュ均衡は、平和を守る一方で、不平等や停滞も温存している。
その均衡の維持と破壊が世界の秩序をめぐってせめぎ合っている。
どちらも正義とは限らない。壊すには構想が必要で、守るには検証が必要だ。
そして、当然ながら均衡は国家だけではつくられない。
壊すか、保つかの選択は、個々人に突きつけられている。

無茶振りこそ燃える。

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