空蝉

 「あらゆる物質、物体は実体がなく空である」という、仏教でおなじみの色即是空という概念がある。
物理学には、物質を構成する「素粒子」は、通常は波動の状態で存在するが、人が観測すると粒子(物質)の状態を示すという「不確定性原理」という考えがある。
 この、色即是空と不確定性原理の関連性に、ずっと以前から興味がある。
 例えば、自分というのはどこからどこまでを指すのだろう?という疑問に対して、仏教でも物理学でも同様に「そこに実体はない」という回答がなされる。我々が実体として認知しているものは素粒子の粒子性の側面だけなのだという。
 なんだか狐につままれたような話だ。仏教はそこから「とらわれるな」と諭す。

 大塚を歩いていたら「空蝉橋」という橋に差し掛かった。明治天皇がそこで蟬の脱殻を見つけたことに由来するんだとか。そういえば最近は雨も多いし、暑さも落ち着いてきていて、蝉の啼鳴も心なしか減ってきているように思う。死骸を目にすることもたまにある。「空蝉」と聞くと、ひと月前に抜殻を抜けた蝉が、さらにその身体を棄てて飛びまわるようなイメージを持つのは俺だけだろうか。

 一日暮らしているだけで、実にたくさんの感情にとらわれて、その都度「かなしみ」とか「いかり」とか「愛」なんていう名前をつけている。けれど実際はそんな名前で括られるほど感情はシンプルなものでもないし色と形を変え続けては揮発していく。言葉というのは概念に甲殻を与えるようなものなんだなあと思った。夏の始まりと終わりはどこからどこまでかということに関しても同じようなことが言えて、本当は夏なんて暦の上で揮発する色彩のひとつだ。

 やはり、一切のものは揮発するし、感傷を帯びた抜け殻が残るんだろう。

 最近は、随所に夏の終わりの気配を感じて、さみしい。思わず撮った写真は抜け殻みたいに思える。帰宅を促す夕刻の鐘を聞きながら公園に佇んでいると、一足先に実体を棄てた空蝉が周りを優雅に飛び回っているような気がした。



お知らせ


elegirlより電子書籍「羽虫」出版しました。


川井俊夫という人物の思索の記録です。詳しくは特設サイトをご覧ください。
読み物として面白いのでおすすめです。kindle端末がなくてもkindleアプリで購読できます。協力してくれたみなさん、どうもありがとう。

川井俊夫「羽虫」特設サイト



Company会社概要

デザイン
会社名
合同会社elegirl
代表
岡崎龍夫
所在地
〒150-0001
東京都渋谷区神宮前4-26-28 原宿V2ビル 2F
資本金
1,000円

elegirl_

デザイン