点滴

面会の受付時間ぎりぎりに病院に着いて、病室に行くとやたら書物が置いてあって狭いベッドの上で父親が伏していた。
顔色は非常に悪く、腕には点滴が打たれている。
俺を見とめるなり

「憲法改正手続法がとおったが、法律改正の投票権が20歳以上ではなく18歳以上に与えられているのは、おそらく18歳以上の徴兵制を敷くことを見越してのテクニックだな。俺には関係ないが完全にやられたな。」

と苦笑し、

「戦争でもないのに1日100人自殺する国が豊かなわけがないだろう。」

と悲しそうに言った。
父親は簡単な俺の近況を聞いてから、とりとめのない自分の昔話を始めた。そして話し終わったあとで「どうでもいい昔のことばかり思い出すなあ。」と呟いた。
病状は検査の結果を待たなくてはわからないそうだし、人に弱みを見せることを嫌う父親なので、いつもの険しい顔つきは保ち続けていたが、弱っているのはありありとわかった。
今日明日死ぬわけじゃないが、ただ数十年にわたる肺と肝臓と胃と神経の磨耗で、結構至るところにガタが来ているのは確かだと聞いた。検査の結果を静観するしかできないがおそらく仕事を続けるのは厳しいということだった。
それが彼にとって一番屈辱なことなんだろう。

「沈んでいるときこそ、どんなことでもいいから足掻いて、動かないと、あたまがおかしくなる。しかし、そうしてるかぎり俺は生涯現役なのだ。」

点滴が落ちるスピードを執拗に気にしてながらなんとなくそう言った。

必要なこと以外は特に何も話さなかった。検査の結果を待ってまた近日中に来ると告げた。
普段より感情の触れ幅が小さいのは無駄に気力を使わないためか、それでも頭にはポマードがついているらしく、そのにおいがする。

「病人だからといって格好つけるのを忘れてはいかん。忘れたらもてん。」

と、静かに言った。
駅までバスはもう出ていないし、タクシーも通らない場所なので夜の田舎を一時間歩いた。日中とても蒸した日だったので早く着替えたかった。電車の車窓に顔が映り、最近やたら父親に似てきた輪郭を気にした。

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