月には魔力があって今日はとても惹かれてしまった。
阿佐ヶ谷の御伽話の世界の街角でふと見上げると、豆電灯の描くどことなく悲しい曲線の背景に、余りに青白く月が浮かんでいたのでしばらくみとれてしまっていた。
いつもの立ち眩みは、微熱は酩酊は欲望は、いっそこのまま路傍に伏してしまえば楽なのかも知れないぜー、と、ひそひそと囁くが、そういうわけにもいかないのですよ。
寒気にまとわりつかれながら啓蟄の唄を唄う。
もう一度月を見上げたら呼吸が苦しくなった。心臓はケツとノドのどっちから飛び出したんだっけ。くそ、自律神経系がやられたようだ。ちくしょう。
そのせいで本当に青い夜だ。群青色帯びた闇。とぷん。今にも溺れて死んじゃうかもしれないよガボガボ。
最後にもう一度、月を見上げる。眼を閉じる。蛍色の残光。
背中に汗をかいている。動悸音。俺の、動悸音。飛び出した心臓を床に置き忘れないように。電車の遺失物なんかにしたくないよ心臓。ふらふらと帰宅する。
くそ。月。くそ。