おうちへ

明日が世界の終わりだ。

情けないことに十代の頃の僕の頭には根拠のない破滅願望が少なからずあったことを思い出してしまった。

 母に会う。足立区にある母の家は狭い団地だった。母は二年前再婚した。アイスティーを入れるその手つきとかに、現在の幸福な生活が現れていた。悲しいかな母は頭がよくない。彼女が話す話題には常になんら生産性がない。四六時中へらへらしているのが昔から嫌いだった。
テーブルの上に小さな紙切れがおいてあった。
「LOTO6をはじめたの。」
その言葉に何かいやな予感を感じた。そこに触れなければよかったと思った。
紙切れには4桁の数字が4つ書かれていて一番下には「0314」とあった。
僕は母の次に来る台詞が分かってしまったので出来ることなら耳を塞ぎたかった。母はへらへらとこう言った。
「私の誕生日と、旦那の誕生日、Yくん(再婚相手の息子さん)の誕生日、そして、龍夫の誕生日。この4つの番号で絶対大当たりね。」
 僕はもうそれを耳にして一気に滅入ってしまった。もう、新しい家庭の中に僕を巻き込んでくれるな。巻き込みたいとも思ってくれるな。僕の足首を掴まないでほしい。
 途端に全てが白けて、僕は「帰るよ。」と言ってその場所を後にした。

 父に会う。最近は酒の量が増えたのか、彼の顔は酒焼けしているように見えた。パスポートを取っておいたほうが良いに決まっている。と言い放ち、僕に写真をよこすように言った。証明写真を撮って戻ると彼は寝入っていた。毎度のことだが、彼に会うと罵倒が尽きない。再婚した新しい奥さんにも、僕にもだ。機嫌がいくら良くても、些細なことですぐに罵倒が始まる。それが昔からとてもいやだった。
 父は自己愛と自己顕示欲と自己弁護がとても強い。そして、会話のできない人間であると認識している。自分の話している内容で相手の反応を見ずにエキサイトするので、非常に迷惑である。普通にものを語っていると思ったら、その自分の言った内容に憤りを覚え、最終的にはこっちに罵声が飛び火してくるのが最悪だ。昔からのことで、毎度のことであるが、あまりに理不尽なので、慣れない。僕は今日もやっぱり貝のように口を噤んだ。

 十代の頃の僕の家庭がどのようなものだったかは、本当のところは誰にも語ったことがない。誰にも語るつもりはない。ただ断片的にでもここに記すとすれば、僕は何度も彼等を殺そうと思った、ということだ。僕が両親ともどもを殴り倒したりすることもあった。時間の作用で現在は三者三様に落ち着いたけれど、僕らはお互いに心を開けないままでいる。僕は彼らを目の当たりに笑えないでいる。別れた恋人は「きみが親からの着信を取るその態度が嫌だった。」と言った。これは誰にも分からない。誰に分かってもらうつもりもない。だから、言い訳にしちゃいけないことなんだ。ただ、時間がたくさんの澱みを浄化してくれるのを待つだけだ。
 感謝はしている。どちらが亡くなっても僕は泣くだろう。愛情も不器用なりに注いでくれているのだろうとも思う。しかし、笑えない。心が開けない。開いたら殴ってしまうから、そうなったら泥沼だ。
 過ぎてしまったものはどうしようもないし、今後の展開が幸福な方向に進むのを祈るしかない。僕の言えない言葉は日記に書けばいい。少しは澱みも晴れた気になる。今は、それでいい。それでいいんだ。

 とにもかくにも、疲れてしまった。明日が世界の終わりだなんて今は言うつもりはちんこの先ほどもないけれど、あまりに空気が湿っているので眠ろうかと思う。

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