夢町を去る 花町で暮らす

 夢の終わりは決まって寂しいものだ。
東海道線が駅をひとつ過ぎる度に背にした西方が音も立てず鮮色の粒子になっていくのを感じている。

 未だに醒めぬ愛惜しい人との最後の電話は冗談のように噛みあわなかったので、とりあえず「ブス!」と吐き出した。

「さよなら。」

 冷たく温かい、鋭く鈍い響きだ。すぐに夜に隠れてしまった。
梅雨のにおいで、その優しいふかふかのにおいも、とうとうわからなくなっ た。
 その部屋にはたいせつなものが詰まっている。愛なんて言えばあまりに滑稽だし。思いなんていうほど陳腐でもない。言うなれば、温度。絶対無二の温度。紡ぎかけの温度。呪縛のような温度。それだ。

バイト先の皆が惜しんでくれた。閉店後のカラオケルームで歌った。夕飯も朝飯もおごってもらった。豊橋の駅まで送ってくれた。

「この街はきみを受け入れたんだねえ。」

と、まぼろしが呟いたので、黙って頷いた。

 雨が上がったので夢町を去る。

「さよなら。」

何て前向きな響きだ。

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 朝の9時に豊橋を出て、東京に着いたのは夕方だった。
 バスから眺める風景はなんら変わりはない筈なのに、何故だかとてもさびしく映った。

 早稲田に行って、色々な芝居の稽古場に顔を出す。

 「ただいまあ。」

 S太郎君の家で起こした呼吸困難がもう噂になっているらしく、皆々は「生きててよかったねえ」と言ってくれる。疲れたので、そのまま閉館まで眠る。
 
 深夜、姉ちゃんを誘って飲みに行く。

 「愛だのは姉ちゃんよく分からないねえ。」と彼女は言うが、彼女が僕に「おごってやるよ。」と言ってくれるその気持ちが他ならぬそれであることを僕は知っている。愛知の部屋からくすねてきた大量の線香花火は昨年買ったやつだ。線香花火の束を捻って火を点ける。ゼリー状の火の球のあかい色がかわいい。弾ける。
 「小さい頃はさ、おふろ入ったあとに花火をしてたのさ。そうすると、体に火薬のにおいが付くじゃない。家に帰ってそのまんま寝ると枕にその匂いが付くわけよ。朝起きてそのにおいを嗅ぐと『あ、夏のにおいだあ』って思ってうれしくなってた。」
 どうでもいいような話だけど、姉ちゃんは(おそらく彼女の性格では、普段彼女の周りにいる人たちにはしないであろう)そんな話をずっとしてくれる。
 僕はそれを幸福だと思う。

 「気分を変えたければ、布団でも変えてみたら。」
 「なるほど。」
 
 夜明け前にドンキホーテに行く。布団は思ったより安く売っていた。ドンキホーテを二時間ほどぶらぶらして、次の給料で買いたいものをリストアップする。よく分からないけど、米と豆乳とミネラルウォーターと新しい茶碗とマグカップを買った。どうやら姉ちゃんはドンキホーテの回し者らしい。


TOKYO No.1 SOUL SET の新しいアルバムが出たらしい。彼らは僕の青春のラッパーだ。七月にはライブに行くことにする。楽しみである。

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